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北条氏康 ( 1515 - 1571 )

北条氏康

後北条氏の第2代当主である北条氏綱の嫡男として1515年に生まれる。
家督相続後は、関東管領の山内上杉憲政や扇谷上杉朝定や今川義元と争うが、武田晴信(信玄)の凱旋により義元とは和睦する。
その後再び両上杉氏とぶつかり古河公方足利晴氏も同調し、川越城を8万の大群が包囲する。氏康は1万の兵で籠城したのち、夜襲をかけ勝利を収める。(河越夜戦)この勝利で氏康は関東の主導権を握ることになる。

その後対立関係にあった今川家の太原雪斎の仲介により、武田晴信と今川義元とともに三国同盟を締結する。
1560年頃から関東管領の山内上杉憲政の要請を受けて関東に出陣した上杉謙信と抗争を繰り広げる。
更に今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に討たれたことにより今川家が衰退し、武田家が今川家に進行したことにより三国同盟は決裂、氏康を今川家を支援し、三河の徳川家康と連携して武田信玄を退けることに成功する。
氏康は信玄に対抗すべく、対立関係であった謙信と同盟を結ぶことに成功。
その後は武蔵国等に進行してきた信玄と争うが、1570年ことから病を患い1571年に小田原城で死去する。
氏康はこの歳に武田家との和睦を模索しており、上杉の同盟を破棄して武田と同盟をように遺言を残したとされるが真偽は不明である。

北条氏康の詳細情報

  
  • 氏名:北条氏康
  • かな:ほうじょううじやす
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北条氏康が所属した家

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武蔵国にあった河越城の支配権を争い行われた戦いで、北条氏康と上杉憲政・上杉朝定・足利晴氏連合軍...

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