池田恒興 ( 1536 - 1584 )

1536年に織田家の家臣池田恒利の子として誕生する。母の養徳院は織田信長の乳母あり、織田信秀の側室であったため恒興は信長の近い存在として幼少の時期から小姓として仕える。
桶狭間の戦い、美濃攻略、姉川の戦い、比叡山焼き討ちなどでも活躍し織田家の重臣として地位を築いていく。
本能寺の変後は山崎の戦いで羽柴秀吉に従軍して、明智光秀を討伐し、織田家の宿老として清州会議に参列する。清州会議では丹羽長秀とともに秀吉側につき美濃国内に13万石を拝領する。小牧・長久手の戦いでも秀吉に従軍するが婿の森長可とともに長久手で戦死する。享年49歳であった。
池田恒興の詳細情報
- 氏名:池田恒興
- かな:いけだつねおき