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朝倉義景 ( 1533 - 1573 )

朝倉義景

1533年、朝倉孝景の長男として越前国に生まれる。幼名は長夜叉。従曾祖父の朝倉宗滴に政務を補佐される形で16歳で家督を相続する。
1552年には13代将軍足利義輝に「義」の字を与えられ、義景と改名し左衛門督に任官し足利幕府と親密な関係を孝景の時代から引き続き継続していく。義輝が松永久秀に暗殺され弟の足利義昭は義景を頼り、上洛を促すが朝倉家の情勢等もあり上洛に関しては消極的であった。やがて義昭が織田信長を頼り信長の上洛において14代将軍になったあたりから事態が動いていく。

信長は将軍義昭の命として、義景に上洛を命ずるも義景はこれを拒否。美濃を拠点とする信長にとって越前の朝倉を服属しようとし対立を深めていく。信長は越前を攻めるが織田、朝倉両家と同盟関係であった浅井長政が信長を裏切り背後を襲撃し、信長は撤退を余儀なくされる。その後義景は、長政と共に織田・徳川の連合軍と姉川の戦いで激突するも、敗走。
信長と対立した義昭よる織田包囲網に加わる形で織田と争い続けたが、やがて武田信玄の死などで包囲網は崩壊。
朝倉家はやがて信長に攻められ、義景は家臣の裏切りなどもあり自害。朝倉家は滅亡した。

朝倉義景の詳細情報

  
  • 氏名:朝倉義景
  • かな:あさくらよしかげ
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朝倉義景が所属した家

朝倉義景が関連する戦

1573年08月 一乗谷城の戦い
織田包囲網を破るべく越前に侵攻する織田信長と、朝倉義景との間で行われた戦い。
1570年05月 金ヶ崎の戦い
織田信長が朝倉義景を攻撃する中、浅井長政の裏切りにより両者に挟撃をされ危機を向かえた戦い。「金...

朝倉義景が登場した演じた俳優・ドラマ

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